× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 5月7日(木)から実家家屋が解体される。家屋解体直前までかかった引っ越しも、ギリギリセーフで何とか終わり、本日から解体が始まった。 今まで住んでいた馴染みのある家が徐々に壊されていく様は、なんとも言えない心境ではあるが、これから新しい姿に改築されることを考えると、嬉しい気持ちにもなる。多分両親もそんな心境だろうと思う。 今まで大変お世話になった私たちの家。この家の行く末を感謝の気持ちを忘れずにしっかりと目に焼きつけ、今度の新しい家に生まれ変わっていく姿を見守っていきたいと思います。 近隣の皆様、しばらくご迷惑をお掛け致します。本当に申し訳ございません。ご理解ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。 てるひこ 名前の由来となった空豆と奏来(そら)ちゃんのコラボ。大分顔立ちがハッキリしてきました。この子が物心ついた時に名前の由来だけは、私たち夫婦の心の奥底にしまっておこうと思っている(笑)。(2008年10月1日更新のスタッフブログ参照) PR 私には唯一嫌いなものがある。それはクモである。昔から苦手で、親からお仕置きをされる材料として、お灸とクモがよく使われていた。大分昔ほど嫌では無くなってきたのだが、やはりあまりいい気分はしない。最近暖かくなってきたせいか、家ではハエ取りグモがピョンピョン跳ね、外ではヒメグモが巣作りをし始めている。「あ~またあなた達に会う季節になったんやな~」と心の中が憂鬱になる。 昨日の自宅の出来事で、パソコン作業をしている最中、なんとも言えない違和感があった。辺りを見回すと、なんと手の平サイズのアシダカグモが床を走っていたのである。私が今まで生きてきて、これだけの大きなクモに出会ったのは初めてだった。「う~ん、この状況どうすれば・・・」と色々考えた挙句、私の近くにあったクイックルワイパーで外に逃がしてやろうと考えた。「えいっ」とクイックルワイパーでクモを誘導するものの、言うことを聞いてくれない。そこでちょっと強引にクイックルワイパーを動かした瞬間、「ブチュッ!!!」と潰れてしまった。「よーい、やっちまったなー」と慌てて動かした時には時すでに遅し、御臨終となってしまっていた。大変申し訳ございませんでした。アシダカグモの亡骸は自宅の庭に埋葬した。謹んでご冥福をお祈りいたします。 これからは、私自身クモの逃がし方スキルをアップさせ、突然の飛込み訪問に動揺することなく対応できる人物になろうと決心した。今回アシダカグモさん本当にごめんなさい。今後、まだ私の逃がし方スキルが上がるまでは突然出てこないでください。よろしくお願いします。 てるひこ 5月6日(水)、GW最終日に親子対決親睦ゴルフをエリエールゴルフクラブで行った。前日の夜から降り出した雨に心配していたものの、五月晴れの最高の天気の中、父77歳、子30歳の47の差親子対決ゴルフがスタートした。 私の朝一ショットは、左曲りのボテボテ、最悪のスタートを迎えた。まあまだ始まったばかり、体も慣れていないからと思い、2発目をショット。が、今度は右曲り。左へ右へランニング。続いて空振りもしてしまい、大事なスタートホールで10打も叩いてしまった。気を取り直し、2ホール、3ホールと徐徐にペースを掴みだしてきた。その横で顔色ひとつ変えることなく、淡々とマイペースでラウンドする父。結局、私が53、父が50の3打差で、前半ラウンドは終了した。 昼食を終え、後半戦に突入した。午後から風が強くなってきて、大変苦しい展開となってきた。しかしガソリンを給油した父は更にマイペースぶりを発揮し、全く動揺することなくプレーしていた。私は6ホール目で多叩きし、その後集中力がダウンしたまま後半ラウンドが終了した。結果は、私が53、59の112打。父は50、48の98打。14打の差をつけられて父の圧勝となったのである。 こんな最高の五月晴れのGW最終日に親子対決親睦ゴルフができましたこと、そして帽子さんお忙しい中、一緒にプレーしていただいて本当に感謝しております。今回はこのような結果で終わりましたが、また練習して戦いを挑んでいきたいと思います。まだまだ修行が足りませんでした。 てるひこ 今日何回この場面を見てきたことか・・・。結局バンカーに入れてしまいました。 朝の散歩をした。小学校、中学校の頃、通学路だった道を歩いてみた。自宅から東の方向に歩いて5分、松山市立道後中学校前を通過した。そして、更に3分東へ歩いていくと、松山市立道後小学校に辿り着いた。昔は9年間もこの道を歩いたのだ。15年間の時を経てこの道を歩くと、何だか不思議な感じが込み上げてくる。ガードレールの上を飛び跳ねたり、ドブ川にいるオタマジャクシを捕まえたり、犬の○○○を踏んでしまった事を思い出した。この道一つ一つに歴史を感じる。 小学校から更に東へ歩いて行くと、そこには四国八十八ヵ所、第51番石手寺が建っている。この寺は昔から道後の町をずっと見守ってくれている。今日は安産させてもらったご報告にこの寺にやってきた。「無事出産することができました。本当にありがとうございました。」と一礼し、石手寺を後にした。 たった1時間の朝の散歩で、これだけのドラマが待っていようとは思いもよらなかった。また機会があれば散歩しようと思う。 てるひこ 懐かしい母校の道後小学校裏門です。昔はここに相撲場がありました。 四国八十八ヵ所って何? 四国には、子どもを亡くした方、家族を亡くした方、リストラに追われた人、不治の病の人、生きる希望を失った人、人生の罪滅ぼしをする人、様々な方がお遍路の巡礼を行っている。巡礼とは、弘法大師の足跡に足を重ねることである。 生きていてつらくなることはありませんか。逃げ出したい時はありませんか。人に遇いたくない。死にたい。千二百年前、「進退窮まった」と嘆いて四国を放浪した青年がいました。親孝行もできない。出世もできない。青年は四国の石鎚山や室戸崎を歩むうちに、自然と出会い人々と出会って、生きる力を回復していきました。 起死回生というのでしょうか。困難と痛みは、自然の治癒力と、心ある人々との出会いによって、その痛みがつらければつらいほど、強く生きる力となっていきました。「苦難の谷間は響き力となって、希望の明星が現れた」と弘法大師は記しています。 その後、四国は「癒しのさと」「再生の場所」となりました。弘法大師の起死回生の跡を辿り、苦しみを癒し、祈りと希望へと変えていく八十八ヵ所の道となりました。 四国には伝統があります。お接待です。「お遍路さんは弘法大師である」「お遍路さんは困難にめげず修行する尊い方である」として、行脚の食事と宿をお接待します。庄屋の嫡子であろうと乞食の風体であろうと、生まれや経歴は問われません。同じ困難に居て困難を克服せんと修行するものとして、弘法大師と同様にお接待するのです。 それは、わが身を見つめる眼差しかもしれません。 何の縁起在ってか、あなたも私もこの世に生を受けました。この世は苦難と喜び、善行と悪行の渦巻くところです。苦難の谷間に光明を得ようと進む姿は、実は自分の姿にほかなりません。ですから、遍路は人と人とが真に出会う所であり、苦難の谷間を通して、共に人生を見つめる処なのです。 ロウソク30円、線香70円、幸福おみくじ200円、合計300円。この線香は体の悪い処に煙をあてると良くなると言われている。私は迷わず頭に煙をあてまくった・・・。 幸福おみくじの結果は『吉』でした。平凡な生活が出来れば吉。そして平凡な生活は一番難しいとも書かれてあった。これって一体・・・。 石手寺名物のやきもちを5つ買った。懐かしいにおいが辺りを漂わしていました。このやきもちの内訳は、親父2個、母親2個、私1個であった。みんなの胃袋に消えていったのである。やきもち達よ、また会おう。 家屋解体場所の隣地が仮住まい場所なので、荷物を運ぶのに大きな手間ではない。その辺は大変恵まれている。しかし、いかんせん物が多すぎて、仮住まい場所は人が通る通路の確保が厳しい状況になってきている。安全通路の確保が出来ていない・・・。これはマルトメ安全員として何とかしなければならないと思っている、今日この頃・・・。 5月7日まであと僅かだが、GWを返上し、家屋解体に向けて頑張ろうと思う。「さあ、やるぞ、親父!お母ん!」 てるひこ 自分の身長ほど積まれた本で、前が見えません。また運ぶのに大変やな~ 何とか人が通れる場所を確保。昔使いよった懐かしい物に感動した。「おお~懐かしいこのラケットは・・・」 |
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